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安井 素子さん
愛知県に生まれる。1980年より公立保育園の保育士として勤める。保育士歴は、40年以上。
1997年から4年間、月刊誌「クーヨン」(クレヨンハウス)に、子どもたちとの日々をつづる。中部大学で非常勤講師として保育と絵本についての授業を担当。保育者向け講演会の講師や保育アドバイザーとしても活動。現在は、あしたがすき保育園園長を務める。
https://www.taiyo-asahi.com/ashita
◆書籍
『子どもが教えてくれました ほんとうの本のおもしろさ』(偕成社)
『0.1.2歳児 毎日できるふだんあそび100ーあそびに夢中になる子どもと出会おう』(共著、学研プラス)
◆連載
月刊誌「あそびと環境0・1・2歳」(学研)WEB「子育てと絵本の相談室」(偕成社)
WEB「保育士さんの絵本ノート」(パルシステム)
季刊誌「音のゆうびん」(カワイ音楽教室)
Q:「あしたがすき保育園」はどんな園ですか?
令和5年に開園したこの保育園は、子育て支援センターと保育園と児童発達支援センターが一体化した園で、「インクルーシブ(すべてを包み込む)」をテーマにしています。
私は雇われ園長なのですが、この園の建設設計会議にも参加させていただき、いろいろと意見を取り入れていただきました。
例えば、保育室の壁をつくらず、クラスごとの仕切りをなくしたり、園庭には固定遊具を置かず、土管のある小山のみとしたり、木をたくさん植えてもらったり……。
また、子育て支援センターと保育園は同じ玄関で入って自由に行き来ができるようになっています。だから、いろんな子どもたちが一緒に保育園の中で生活しているんです。
加えて、地域の人も自由に入ってこられるように、園の畑で野菜をつくる菜園クラブをつくったりして。
地域の人に愛される保育園というのは、これからの保育において大事なところかなと思っています。
Q:地域も含めての「インクルーシブ」なんですね! 安井さんは、なぜ保育の仕事に就こうと思われたのですか?
私は父と母が長男長女で、いとこが20人もいるんですよ。だから、親族で集まると、私が小さな子たちの面倒をいつも見ていたんです。
それで、周りから「もっちゃん(安井さん)は、子守りが上手だね」なんて言われて、自分でも向いているような気になって。
それからは、もう保育士一択でしたね。
小学校の卒業アルバムには、すでに「保母さん(保育士)になりたい」って書いていました。
Q:安井さんが、保育や子どもとの関わりにおいて大切にされていることは何ですか?
児童センターでの勤務や出産・子育てを経て、ある公立保育園に勤めていたとき、「帽子を取って挨拶できる子がいい子」とか「年長だったらこれぐらいできるでしょう」みたいなことが言われていたり、この先生のクラスの子が育っているとか育っていないとかいう言葉が使われていたりすることに対して、「保育園は“いい子”を育てるだけなんだろうか」って思ったんです。
そんな時に、倉橋惣三さんや津守真さん、あと前の大妻女子大学の大場幸夫学長といった方たちの本を読んだらいいと勧めてくださる人がいて。
そこから、子ども中心の保育を考えている人たちがたくさんいるんだと思い、その方たちに後押しされて保育をしてきました。
それからは、「戦う保育士」と言われています(笑)。
Q:子どもたちとの具体的なエピソードを教えてください。
私は、子どもを面白がるというか、子どものやっていることを丁寧に見る目を持つことが保育の専門性なのではないかと、常々思っています。
先日も、みんなで“天の川づくり”をしたんですけど、長い布をテラスに広げて、絵の具で絵を描くんです。
そこで、1歳になったばかりの子が、絵の具のついたローラーをにぎっていたんです。
私は、ローラーのスポンジに含まれた絵の具が手につくのが面白いんだなと思って見ていたんですけど、新人の先生が「こうやってやるんだよ」と教えようとしたんです。
私は、「ちょっと待って」って言って止めました。今、この子が楽しいのはこのスポンジの絵の具の感触。このことに意味があると思うから、ちょっと黙って見てあげて」という話をしたんです。
大事なのは、「今、この子は何を楽しんでるのかな」「この子は今、何がしたいのかな」っていうことだと思うんです。
うちの園では、ご飯も一斉に「いただきます」をしないんですよ。
初めのうちは、他の先生たちから「ずっと食べない子はどうするんですか?」と反感も持たれたんですけど、「ずっと食べない子はいないから大丈夫。みんな、お腹が空いたら来るから」と。それが、ようやく定着してきているところです。
子どもがしていることにはすべて意味があるので、そこをどう見るのかっていうことが大事だと思います。
Q:まさに子ども中心ですね。園長先生として、若い先生たちを育てることも大切ですね。
そうですね。
最近ある年中の女の子が、油性マジックでトイレに落書きをするっていうことがありました。2年目と4年目の先生がどうしたらいいか迷っていたので、私は子どもたち全員を集めました。
そして、「犯人探しはしません」と言ったうえで、落書きはシンナーという薬で消えるから心配しなくても大丈夫だけど、そのために強い匂いのする薬を持ってきて拭くというのは、保育園の中ではあまりいいことではないし、私はいやだということをお話ししたんです。
すると、子どもたちはみんな真剣に聞いてくれていました。
だから、自分がやってほしくないことや、これは正しくないということは、お約束として決めるのではなく、「そういうことは、やってほしくない」っていうことを、自分の言葉で伝えていくことが大事なんじゃないかと思います。
そういうことを、今、若い先生に一生懸命伝えています。
Q:食事の時間も含めて、「決まり」ってないんですか?
うちの園に「お約束」はないんですよ。
例えば、事務室に入ってくる子がいるんですけど、「事務室は子どもが遊ぶところじゃない」と言われることもあるのですけど、子どもには事務室に入ってきたい理由があるんですよね。
入ってきてほしくないときは、「今日はお客さんがいるから入れないよ」とか、「今は大事なものが机の上に乗ってるから、ここでは遊べないよ」とか、そうやってその子との会話の中で決めていきたいんです。人との関係の中で育てたいというか。
それが理想ではあるんですけど、なかなかうまくいかないことも多いです(笑)。
もう日々悩んでいます。でも、空気としてはそういう雰囲気をつくっていきたいですね。
Q:安井さんの著書『子どもが教えてくれました ほんとうの本のおもしろさ』には、絵本を通じた子どもたちのエピソードがたくさんありますね?
タイトルの通り、私よりも子どもたちの方が絵本の面白さがわかるんだと感じています。
「これ、あんまり面白くないな」と思った絵本でも、子どもに読むとすごく食いついてくることがあって、こういうのも面白いんだなって。
私の感性より、子どもの方がよっぽど優れていると感じることがよくあります。
その積み重ねが、今の子どもを見るまなざしにつながっていると思いますし、そうした子どもとのエピソードを書く機会に恵まれたと思っています。
本のタイトルをつけるときは「わたしは教えてもらっているばかりじゃない」と思ったりしたのですが、今は、まさに「子どもが教えてくれた」から今の私がいるのだと感じています。
この、子どもから学ぶ姿勢は、倉橋惣三さんと近いのではないかなと思います。
Q:そんないろんな子どもたちと関わっている安井先生から、子育てに悩む親御さんに伝えたいことは何ですか?
私も、児童センターにいたときは、本当に子どもたちが荒れていて、児童センターの中に「バカ」とか書かれたり、物がなくなったりと、いろんなことが起こっていたんですけど、それでもやっぱり子どもの側に立つといろいろ見えてくることもあって。
それで、最終的には「みんないい子だな」って思うんですよね。
今、「私の園では加害者と被害者はつくりません」ということを、入園前に親御さんに手紙を出しています。
ケンカがあったとしても、それは園の中のことなので、どちらが被害者とか加害者とか、謝るとか謝らないということはしませんっていうふうにしています。
やっぱり、親御さんは自分の子どもしかわからないかもしれないけど、どんな子にもいいところはあるし、子どもたちはかみつかれたり、引っかかれたりしても次の瞬間仲良く遊ぶことができるんです。大人とは違う世界でいきているんだなあとよく思います。
また、「自分の子どもを可愛いと思えない」っていう親御さんもいらっしゃったりします。
今、子育て支援の場所はたくさんあるので、自分のせいだと思わずいろんなところを利用したり、人の話を聞いたりするっていうのを、対面でできる場所を探したらいいと思います。
今は、インターネットでも子育てに関する情報がどんどん流れてきますよね。
「歩き始めるのが遅い」とか「ごはんを食べない」「うちの子は発達障害じゃないのか?」って心配になると、ネットで検索するとバーッと様々な情報が出てくるので、それに振り回されて逆に悩んでしまう。
でも、大事なことはやっぱりコミュニケーションだったり、人との対話だったりするので、そこさえ大事にして、自分一人で抱え込まないで、いかに楽に子育てできるか、楽しくできる方法を探してほしいと思います。
Q:今、倉橋惣三がいたら、どんなことを聞いてみたいですか?
倉橋惣三さんが子どもに声をかけている姿を見たいですね。
惣三さんは、子どもたちにどう接して、どんな立ち位置で子どもの中にいたのか、どんな言葉をかけて、どんな声で、どんな風に話していたのか、すごく興味があります。
子どもの中に入っていく瞬間だったり、子どもが寄ってくる瞬間だったり、その空気を丸ごと味わいたいなって思います。
子どもって、その人が自分を一人の人として見てくれているかっていうのを見抜く力があると思っているんです。「何かを教えてやろう」とか「何かしてやろう」っていう空気があると、さーっとシャッターを降ろす子もいます。
倉橋惣三さんの『育ての心』(上)に「創意なき教育」という文章があります。
「子どもが帰った後で、何の反省もしない人。疲れて、ほっとして、けろりとして、又疲れて、ほっとして、けろりとして、同じ日を重ねるだけの人。その日ぐらしの人に創意はない」というのは、惣三さんにしては厳しい言葉で、私の胸にもグッときます。
子どもが帰った後に、例えば絵本が開いて置いてあったとしたら、「誰? 片付けてないのは」ではなく、「これ、誰が読んでたのかな」っていうふうに思いたいですね。
そういうふうに、先生たちがみんなその1日を振り返って、子どものことを考えてくれたらいいなと思います。