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吉田 茂さん
ふたばこども園 園長
大学卒業後、企業(百貨店)に就職。約10年勤めたののち、実家だった園の経営・運営を継ぐ。その後、大学院にて保育学の勉強や研究を行う。大学院での勉強の最中に、倉橋惣三先生の著書と出会い、その思想や哲学に触れる中で感銘を受け、園の保育を”子ども中心の保育”へと移行。現在は、子ども中心の保育実践を重ねながら、”幸せな子ども”を育てたいと奮闘している。
Q:創立60周年なんですね!
そうなんです。昭和40年創立なので、今年(2025年)でちょうど60年。人間で言えば還暦ですね。
この園は、もともと僕の祖母が始めたんです。
祖母は、小学校の教員でしたが、戦後、保育所が足りず待機児童が多かったので、子どもたちのために「ふたば保育園」を始めました。
祖母は、「どんな子どもにも等しく養護や教育を与えたい」という想いがあり、市の保育要件からあぶれてしまう子たちも預かれるように、認可外保育園施設にしました。
2006年に「認定こども園制度」ができてからは、祖母のもともとの想いや創立当初の理念を引き継ぐ意味でも「認定こども園」が良いと考え、2015年から認可保育所へ移行し、2020年から保育所型認定こども園として、現在の「ふたばこども園」になりました。
Q:『幼児の教育』の2024年秋号に、土で絵の具をつくるエピソードが載っていましたね。
知り合いの美術の先生から、自然物から色を抽出する方法を教えていただく機会がありました。
それで、まずは子どもたちに、土から色出しする方法を伝えたんです。
うちの園には、花壇や畑など3種類くらいの土があって、それぞれ色が違います。それを感じてほしいなと思って。それが子どもたちの間で、すごく流行って。
でも、基本は茶系になるので、だんだん子どもたちが「赤っぽいのがほしい」とか「緑がほしい」と言い始めて、土以外の花や木の実・草などの自然物からも色を抽出したりして、いろんな絵を描いていました。
Q:自然と触れ合うことをすごく大事にされてらっしゃるんですね。
そうですね。とにかく子どもたちには、自然の中で遊んでほしいなと思っています。
建て替えのときには、草花をたくさん植えるよう心掛けました。今も、草花や、さくらんぼとか、あんず・桑などの実のなる木を植えたり、虫がたくさん集まるような植物を育てています。
うちの園舎は、3~5歳児の部屋は全面ガラス張りになっています。だから、窓を閉めていても、園庭が見えるんですよね。
日中は必ず窓を開けて、部屋の中にいても外とつながっている感じにしています。室内で遊んでいても外に行きたい子は行くし、外から中に戻ってくる子もいて、子どもたちが自由に行ったり来たりしています。
Q:吉田さんも、おばあさま様がつくられた保育園に通われたんですか。
そうですね。父親も祖母の手伝いで、園の経営に入っていたので、僕もこの園に通っていました。
実は、僕、後を継ぎたくなかったんですよ。祖母は僕を教育者にしたかったようですが、そう言われると逆に継ぎたくなくなるんですよね。だから、大学も全然違う分野に行ったし、卒業後10年ぐらい別の仕事をしていました。
その仕事も面白かったんですけど、僕が32歳のときに母が亡くなり、父が病になり、祖母も入院してしまって、園を経営する人がいなくなってしまったんです。園児も激減して、つぶれるかもしれないという状況に陥りました。
その時、初めて園の大事さに気づいたんです。
この園を出ている僕の同級生たちは、みんな「俺のふたば」っていう感じで話すんですよ。「もし、僕がここを継がなかったら、みんなのふたばがなくなるな」とか、僕自身もこの園のおかげで大きくなれたと考えたら、これはつぶすわけにはいかないと、一念発起して会社を辞めて後を継ごうと決めました。
Q:それまでとはまったく違うお仕事からへの転職となりましたが、どのようなお気持ちで向かわれましたか?
僕は「幸せな子を育てたい」っていう想いが強くあります。そして、園はそれを実践できる場じゃないかと思っています。
祖母がこの園を立ちあげた時に、「保育信条」というものをつくりました。そこには、「保母は常に母親の代役として事に当る」「各自の個差を考慮すべきこと」「ただ一人の子どもをも粗末にせぬこと」「保母は常に幼児の心の中に在れ」と書かれています。僕が園に通っていた頃、先生たちがとても優しかったんですよね、親のように。
この園を継いだとき、祖母が掲げた「保育信条」を眺めていたら、何か運命みたいなものを感じたんです。
実は、僕の母親は、僕を産んだときに身体に障害を負ってしまって、思うように体が動かず、満足に子どもの世話ができなくなってしまいました。
そんな僕が、母親の代わりのような保母さんたちによくしてもらって、今がある――。「ふたば」の温かい保育を、身をもって経験したからこそ、「幸せな子を育てたい」って思うんですよね。
保育園とか幼稚園に来たら、どうしても私たちは「教育」ということを思ってしまうけど、まず幸せな土台があることが大事だと思います。いろんな境遇の子もいるし、寂しい想いをしている子もいるだろうし……。
「あれができるようになった」「これができるようになった」と「できる」ことの数を数えるのが幼児教育ではないと思うし、一人ひとりが幸せに、そして将来も幸せに生きていけるというのが目標だと思っています。
Q:実際に子どもたちと関わってみて、どんなことをお感じですか。
なかなか忙しくて、ずっと子どもと一緒にいることはできないんですけど、子どもたちと過ごせる時間は大切にしたいなと思っているし、「子どもが幸せに過ごせるためにはどうしたらいいか」という原点に返らせてもらえます。
僕がすごく好きだったのは、子どもと一緒に寝そべって空を眺めることです。みんなが僕のところに集まってきて空や雲の話をするだけなんだけど、幸せを感じました。
卒園した子どもたちが、中学や高校に進んだり、大学入学で県外に行く際に、園に挨拶に来てくれることもあります。中には、学校の宿題をしに来たり、ただ私たちと喋りに来る子もいます。
成人式当日に園を訪ねてくる子たちもいて、みんな立派になって、「飲みに行く」と盛り上がっているのを見ると、いくつになっても「ふたばこども園」時代の仲間がつながっていてくれることに、なんとも嬉しい気持ちになりました。
Q:吉田さんから、子どもたちの親御さんに伝えたいことはありますか?
子どもを園に預けるから離れてしまう時間があるんだけど、子どもが「あなたのことを見てるよ」っていうことを感じ取れるようにしてほしいなと思っています。親が自分のことを見てくれるだけで安心するっていうのはあるんですよね。
例えば、卒園して小学校に行くとき、「小学校じゃなくてママと一緒がいい」と、学校に行きたがらない子がいて、「どうしたらいいですか?」と相談されたことがあります。その時、僕がお勧めしたのが、ママのアイテムを一つ、その子に持たせてあげること。そうしたら、学校に行けるようになったんですよね。ママはいないけど、ハンカチだったり、小さな握れるアイテムだったり、「あなたのことを見てるよ」っていうサインがわかれば、子どもはきっと落ち着くと思います。
また、保護者会で親御さんにお話しするのは、「子育ては長い目で見てくださいね」ということです。「長い目で見る」って、いい言葉だなって。こういう言葉は、アメリカにはないというのを、何かのコラムで読んだんです。やっぱり、「うちの子はみんなより遅れていないか」「これがまだできない」など、他の子と比べて焦って悩まれる親御さんが多いんです。だから、「長い目で見ればいつかできるようになるから、肩肘張らなくていいんじゃないですか」といつも言っています。
Q:また、子どもの意思表示を大事にされていらっしゃいますね。
やっぱり子どもがどうしたいか聞くことを大切にしていますし、言えない子に対しては、こちらからキャッチしていくようにしています。それは日頃の保育はもちろん、行事に対してもそうです。
僕の園では、運動会のことを「プレイデー」って言っています。
昔は、プログラムをつくって、その順番通りに競技をしていましたが、今は“フェス型”といって、ブースをつくって好きなところに行っていいことにしています。うちの園の先生が言い出したのですが、子どものペースを守っていていいなと思いました。プログラム順だと、自分の番が来たとき、ちょうどやる気になっていたらいいけど、「もうちょっと後だったら、もっと気持ちを出せたのに」という子もいる。それに対してフェス型運動会は、自分の心が動いた時に競技に向かえる。それを聞いて、「なるほどなぁ」と思って。
Q:“フェス型”って面白いですね! そんな運動会、参加してみたかったです。
それから、うちは卒園式の練習をしないんです。証書の受け取り方とか、一礼するとか、いろいろ手順があるじゃないですか。そういう練習を一切しないんです。
きっかけは十数年前に、ある年長の子が園長室に直談判に来たことです。「僕たちはもうすぐ卒園で、卒園したらこの園の友だちともバラバラになる。友だちと遊んで最後の思い出づくりをしたいのに、なんでその時間を削って卒園式の練習をしなくちゃいけないの?」
僕は頭を殴られたような衝撃で、返す言葉がありませんでした。それで、「わかった。練習はやめよう。思いっきり遊んでいいよ」と言って、それ以来、卒園式の練習はしないことにしたんです。前日に、「明日、先生が卒園証書というのを渡すから、前に取りに来てね」とだけ伝えています。
Q:それだけなんですか?
そうなんです。でも、それがいいんですよ。証書を取りにくるときにも一人ひとりの個性が出るというか、それぞれの素直な気持ちがにじみ出るんです。照れながら前に出てくる子、泣いて出てくる子、おふざけして出てくる子……。きっと、今の気持ちを表してるんだろうなと思って。
ある年、卒園証書を取りに来られない子がいたんです。予想外のことで、ステージの上でその子の名前を呼んで待っているんですけど、その子は何分経っても来ない。僕は、その子を温かく受けとめようと待っていたんですけど、途中から「なんかおかしいぞ」と気づいて。「取りに来られないなら、持っていってあげよう」と思って、その子の席まで持っていきました。
普通なら、「〇〇ちゃんだけずるい」とか「自分にも持ってきて」と言う子が出てきてもおかしくありません。けれど、一切そういうことがなかったんです。それは、日頃から「一人ひとりが違っていい」と言っていることが伝わっていたからじゃないかと思いました。
Q:吉田さんが倉橋惣三を知ったのは、保育の世界に入ってからですか?
そうですね。
大学時代はまったく違う分野を専攻していたので、大学院に行って保育の勉強をしました。その中で、たくさんの幼児教育の理念や哲学に触れ、歴史も学びました。
そして、現代に求められる保育は何かを見つめていく論文を書いていたんですが、その時に倉橋惣三先生に出会って衝撃を受けました。
それから、お茶の水女子大学の附属幼稚園やこども園に足しげく通い、倉橋先生の理念を体現した園を見て、うちもそのやり方に変えたいと思い、2014年から子ども主体の自由保育に方針を転換したんです。
Q:倉橋惣三について、どのようにお感じですか?
倉橋先生のことは大好きです。倉橋先生の言葉一つ一つに、すごく重みがありますよね。
『育ての心』の、「自ら育つものを育たせようとする心、それが育ての心である」「そこには何の強要もない。無理もない。育つものの偉(おお)きな力を信頼し、敬重して、その発達の途に遵(したが)うて発達を遂げしめようとする」という言葉に、「これぞ教育だ」と感じました。
僕らは、どうしても子どもを「教育してやろう」とか「伸ばしてやろう」と思ってしまいがちですが、そうではなくて、本当にその子が伸びたいようにしてやることが真の教育だと思います。
それは、まさに自分がやりたかったことなんです。
僕のバイブルは『幼稚園真諦』です。もう何度も読んでいて、うちの園の先生たちにも勧めています。